私のダイバーシティー&インクルージョン観を変えた、ある女子高校生の一言
大学生の頃(35年前)、私はあるボランティアセンターの運営委員として、高校生向けのワークキャンプの企画・運営に携わっていました。
ワークキャンプは、高校生約30人が、当時「コロニー」と呼ばれていた大規模障害者収容施設に5日間泊り込み、昼間は草刈りなどの環境整備を行ったり、施設に入所する知的障害のある方々と交流をしたりするものでした。夜になると参加者同士でさまざまなテーマについて語り合う、ボランティア学習プログラムです。


コロニーとは、知的障害のある人たちが地域から離れた広大な敷地の中で集団生活を送る施設です。そこには住まいだけでなく、学校や病院、作業場や余暇活動の場も整備され、多くの人が施設の中だけで生活のほとんどを完結させていました。
当時はすでに、施設から地域へという福祉の流れが少しずつ議論され始めていた時期でしたが、地域で暮らすための支援体制はまだ十分とは言えず、社会の受け入れる側の意識も決して柔らかいものではありませんでした。その結果として、多くの障害のある人たちがこうしたコロニーで生活していたのです。
その中で、よく話題になったのが「このコロニーは必要なのか」という問いでした。

親元を離れて暮らし、お盆や正月になっても帰る家がない人もいました。
そんな現実を目の当たりにした私たちは、
「障害のある人も地域で当たり前に暮らせる社会をつくらなければならない」
「いつかコロニーが必要なくなる社会を目指すべきだ」
と語り合っていました。
ところが、ある女子高校生がまったく違うことを言いました。
「私はここが好き。」

みんなの目線が彼女に集中します。
「ここではみんな、泣きたい時に泣いて、笑いたい時に笑っている。」
「みんな人の目を気にせず、自分らしく生きている。」
「私たちの社会はそうじゃない。周りの空気を読んで、みんなに合わせて、窮屈に生きている。」
そして最後に、こう言いました。
「だから私は、このコロニーがなくなるんじゃなくて、このコロニーが私たちの街に広がってきてほしいと思う。」
私は大きな衝撃を受けました。
それまで私は、「コロニーがなくても地域で暮らせるよう、社会を成熟させること」こそが市民運動の目指すべき姿だと思っていました。
しかし彼女は、まったく違う角度から社会を見ていました。
障害のある人たちを私たちが暮らす地域社会で受け入れられるようにするのではなく、むしろ私たちの社会の方が、ここで暮らす人たちに変えてもらうべきではないか。ここで暮らす人たちから学ぶべきなのではないか。
そんな問いを投げかけていたのです。
確かに、障害のある人だけが生きづらさを抱えているわけではありません。
「周囲の期待に応えようとする」「空気を読む」「本音を飲み込む」「人に合わせる」
そうやって私たち自身も、知らず知らずのうちに窮屈な生き方をしているのかもしれません。
私はその後、30年以上にわたって障害者雇用の仕事に携わってきました。
その中で感じるのは、障害のある人たちを社会や職場に適応させることだけが目的ではないということです。
障害のある人が職場にいることで、私たちは仕事の仕方を変えたり、環境調整を行います。
曖昧な指示を減らし、誰もが同じ判断ができるよう属人化を減らします。
無駄な慣習を見直し、本当に必要な仕事は何かを考えます。
そして結果として、誰にとっても働きやすく生産性の高い職場に近づいていきます。
変わるのは障害のある人だけではありません。
組織そのものが変わるのです。
私は、多様性とは「違いを受け入れること」だけではないと思っています。
多様な人がいることで、これまで当たり前だと思っていた価値観や仕組みが見直される。
その結果、組織や社会そのものが進化していく。
そんな力が多様性にはあると考えています。
だから私は、DoReMi Work Designの「DO」に、Diversity Optimization(多様性最適化)という意味を込めました。

多様な人がいるから大変なのではありません。
多様な人がいるからこそ、組織はより良くなっていく。
あの日、コロニーで出会った女子高校生の言葉は、30年以上経った今も私の中に残り続けています。
「コロニーがなくなるんじゃなくて、コロニーが街に広がってほしい。」
その言葉は、私が目指したい社会を今でも表しているように思います。
最後に、ダイバーシティー&インクルージョン(D&I)について少しだけ触れておきたいと思います。
ダイバーシティーとは「多様性」、インクルージョンとは「包摂」や「仲間として受け入れること」と訳されます。
この言葉を聞くと、「多数派が少数派を受け入れること」というイメージを持つ人も少なくありません。
近年は、これにエクイティー(Equity:公平性)を加えた「DEI(Diversity, Equity & Inclusion)」という表現も広く使われています。エクイティーとは、全員を同じように扱うことではなく、一人ひとりが力を発揮できるよう必要な支援や環境を整えるという考え方です。障害者雇用における合理的配慮も、このエクイティーの考え方に通じるものがあります。
しかし、私があの日のコロニーで感じたのは、「多数派が少数派を受け入れる」ということだけではありませんでした。
障害のある人たちは、誰かに仲間入りを許されて生きているわけではありません。特別な存在として受け入れてもらうのでもなく、一人の人間として当たり前に暮らしているのです。
そして、その当たり前の暮らしが社会の中に存在し続けることで、人々の意識や価値観は少しずつ変わっていく。最初から「受け入れよう」「理解しよう」と頑張ることによって変わるのではなく、多様な人が当たり前に存在することで、結果として社会の側が変わっていくのだと思います。
違いを認めるだけではなく、その違いが自然に社会の一部として存在している。そのことによって組織や社会そのものが豊かになっていく。
それこそが、私が考えるダイバーシティー&インクルージョンです。
だから私は今も、「障害者を支援する」という発想だけではなく、「障害者雇用を通じて組織をより良くする」という視点を大切にしています。
あの日、コロニーで出会った女子高校生の一言は、30年以上経った今も、私にそのことを教え続けてくれています。
