"一般就労こそが真の自立"なのだろうか

シンポジウムでの違和感

今から約20年前、私はある地方の障害者就労支援シンポジウムに招かれました。2006年、障害者自立支援法が施行された直後のことです。

この法律は、障害者福祉の大きな転換点でした。それまでの福祉は「地域で安心して暮らすこと」「日中活動の場を確保すること」に重点を置いていました。

授産施設や小規模作業所は、一般企業への就職が難しい人たちにとって、仲間とともに働き、社会とつながりながら暮らす大切な居場所でした。

もちろん一般就労を目指す支援もありましたが、それは福祉の目的の一つであり、すべてではありませんでした。

しかし法律の施行後、状況は大きく変わります。

新たに就労移行支援事業が創設され、多くの授産施設がその事業へ移行しました。

「障害のある人を一般企業へ送り出すこと」が、福祉現場の重要な役割として位置づけられるようになったのです。

この政策転換には大きな意義がありました。

企業で働きたいと願う人の可能性が広がり、「福祉から雇用へ」という流れが全国で進み始めました。

一方で、私は少し気になることがありました。

いつの間にか「一般就労こそが真の自立であり、真の幸福である」という空気が、福祉の世界全体に広がり始めていたのです。

私が招かれたシンポジウムも、まさにそうした時代でした。

会場には就労移行支援に携わる職員が大勢集まり、企業から成功事例を学び、どうすればもっと一般就労につなげられるか、熱気に満ちていました。

しかし、主催者のあいさつや司会者のコメント、他のパネラーの発言を聞くうちに、私は違和感を覚えました。

その多くが「一般就労こそが、真の自立である」という前提で語られていたからです。

私はその頃も、20年経った今も、この考え方には共感できません。

私が考える「自立」は、一般就労や経済的な自立とは、少し意味が違うからです。

私が考える「自立」とは

一般的に「自立」というと、一人で身の回りのことができること(ADL自立)や、自分の収入で生活できること(経済的自立)を思い浮かべる人が多いでしょう。もちろん、それらは大切です。

しかし本当にそれだけでしょうか。

私は、自立とは「自分の人生を、自分で選び、自分で決めながら生きていくこと」だと考えています。

たとえ食事や入浴に介助が必要であっても、どこで暮らし、誰と暮らし、どのような働き方を選び、どのような人生を歩むのかを、自分自身で決めることができる。

その人は十分に自立しているのではないでしょうか。

反対に、一般企業で働いていても、自分の意思ではなく周囲の期待や制度に流され、自分らしい生き方を選べていないとしたら、それを本当に自立していると言えるでしょうか。

私にとって一般就労は、自立そのものではありません。

自立を実現するための、一つの選択肢であり、一つの手段です。

幸せは経済的自立だけで決まらない

「一般就労こそが真の自立である」という考え方の背景には、経済的に自立することがその人の幸せにつながる、という価値観があるのでしょう。

確かに、自分で収入を得て生活できることは、多くの人にとって大きな喜びであり、生きがいや自己実現につながる大切なことです。

しかし、それだけが人の幸せを決めるのでしょうか。もしそうなら、障害の程度によって一般就労が難しい人や、多くの介助を受けながら暮らす人は、幸せになれないということになってしまいます。

私は、決してそうは思いません。

これまで私は、一般企業で働いていない方が、地域で役割を持ち、多くの仲間に囲まれ、生き生きと暮らしている姿を数え切れないほど見てきました。

毎日作業所へ通い、自分の仕事に誇りを持っている人

地域活動に参加し、多くの人とのつながりを大切にしている人

趣味や創作活動を通して、自分らしい生き方を見つけている人

自分で選んだ場所で、自分らしく暮らし、役割を持ちながら毎日を送る姿は、とても豊かで充実した人生に見えました。

幸せは、働く場所だけで決まるものではありません。

どこで働くかではなく、どのように生きるか。

誰かが決めた価値観ではなく、自分で選んだ人生を歩んでいるか。

私は、そのことのほうがはるかに大切だと思っています。

福祉に期待すること

シンポジウムの最後、会場からこんな質問がありました。

「企業の立場から、福祉に期待することは何ですか。」

私はこう答えました。

「社会福祉の充実です。」

会場は少し意外そうな空気になりました。

もちろん、生活リズムを整えることや社会生活の基礎づくりなど、就労準備支援はとても重要です。

しかし、それ以上に私が福祉に期待したいことがあります。

それは、一般就労を選ばなかった人、あるいは選べなかった人が、地域社会の中で誇りを持ち、自分らしく暮らせる社会を支え続けていただくことです。

実は私は、障害者雇用は福祉課題だとは考えていません。障害者雇用は、企業の経営課題です。

労働力需給の問題であり、多様な人材を活かすダイバーシティ経営であり、組織づくりの課題です。本来努力すべきなのは企業側なのです。

どれだけ福祉が本人を支援しても、企業に受け入れる力がなければ就職は実現しません。

だから私はいつも、「障害は会社の中にある」と発信しています。

障害があるから働けないのではありません。

働けない理由を、会社がつくってしまっていることが少なくないのです。

仕事の与え方

コミュニケーションの取り方

評価制度

職場文化

合理的配慮

こうした環境が変われば、多くの人は力を発揮できます。

私は30年間、その現場を見続けてきました。

だからこそ、企業にはもっと変わる力を身につけてほしいと思っています。

福祉には福祉だからこそできる役割がある

一方で、企業支援は企業文化を理解している人が担うほうが効果的だとも感じています。

もちろん、事業主支援に優れた福祉機関もたくさんあります。

しかし、企業と福祉では文化も価値観も違います。

利益、品質、納期、安全、組織運営。

企業には企業の論理があります。

だから障害者雇用を広げるには、企業側の文化を理解した人たちが企業を支援する仕組みも必要です。

そして福祉には、福祉だからこそ守れる価値があります。

私は、作業所が誕生した歴史をとても大切に思っています。

そこには、障害のある子どもを持つ親たちの切実な願いがありました。

「たとえ一般就労が難しくても、地域で仲間と働き、孤立することなく、笑顔で暮らしてほしい。」

その願いは、言葉だけでは終わりませんでした。

当時は、今のように障害福祉サービスが整っていた時代ではありません。

働く場も、日中を安心して過ごせる場所も十分になく、多くの親たちは「誰かが作ってくれる」のを待つのではなく、自分たちの手で道を切り拓きました。

休日になると公園でバザーを開き、手作り品を販売し、街頭で募金活動を行い、地域に協力を呼びかけながら、一つひとつ資金を集めて作業所を設立していったのです。

そうした草の根の活動が全国各地で広がり、多くの作業所が生まれました。

私は、この歴史を決して忘れてはいけないと思っています。

作業所は、単なる「一般就労までの通過点」として生まれたのではありません。

障害のある人が、地域の中で仲間とともに働き、自分らしく暮らし続けられる場所をつくりたい。

その親たちの願いと、市民の支えによって築かれてきた大切な財産なのです。

制度は変わります。

法律も変わります。

サービス体系も変わります。

しかし、その原点だけは決して失ってはいけないと思うのです。

幸せは一つではない

私は企業で障害者雇用を推進しています。

だからこそ、一般就労だけを特別視したくありません。

幸せの形は一つではありません。

企業で活躍する人もいれば、福祉サービスを利用しながら地域で暮らす人もいます。

どちらが上でも下でもありません。

社会が目指すべきなのは、一つのゴールへ全員を導くことではなく、一人ひとりが自分らしい人生を歩める選択肢を増やすことではないでしょうか。

企業には、働ける環境をつくる責任があります。

福祉には、その人らしい人生を支え続ける力があります。

地域には、多様な生き方を認め合う寛容さが必要です。

私は、この三つがそろって初めて、本当の意味で「共生社会」が実現すると信じています。

一般就労はゴールではありません。

幸せも一つではありません。だから私はこれからも、企業には企業の役割を、福祉には福祉の役割を、それぞれ大切にしてほしいと願い続けています。

あれから20年 ── 今、思うこと

あのシンポジウムから、20年が経ちました。

この間、障害者雇用を取り巻く制度は大きく変わりました。

法定雇用率は段階的に引き上げられ、2006年の1.8%から2026年7月には2.7%となりました。

企業の実雇用率も1.49%から2.41%へと上昇し、精神障害のある方の雇用者数は2006年当時と比べて60倍以上に増えています。

こうした変化は、企業関係者、福祉関係者、そして当事者やご家族が、それぞれの立場で粘り強く取り組み続けてきた成果だと思います。

数字だけを見れば、「福祉から雇用へ」という流れは、この20年で大きく前進しました。

しかし、手放しでは喜べない現実もあります。

法定雇用率を達成している企業は、今なお全体の半数程度にとどまっています。

また、一般企業に就職した精神障害や発達障害のある方の平均勤続年数は、一般労働者と比べるとまだ半分にも届きません。

就職できたかという「入口」の数字は伸びても、その人が安心して働き続けられているかという「その先」の課題は、依然として残されたままです。

一方で、制度には新しい動きも生まれています。

2025年10月からは、「就労選択支援」という新たな制度が始まりました。

一般就労を目指すのか、福祉的な働き方を選ぶのか。

本人の希望や適性を踏まえながら、一緒に考えていくための支援です。

その背景には、一度福祉的就労を利用すると一般就労へ移行しにくくなるという、長年の課題がありました。

現場、研究者、行政が議論を重ね、その積み重ねが制度として形になったのです。

「本人が自分の人生を自分で選ぶ。」

その考え方は、「一般就労だけが全てではない」「幸せは一つではない」という思いとも重なります。

多くの人が同じ方向を見つめ、模索を続けてきた結果なのだと感じています。

20年前、私は「一般就労こそが真の幸福である」という空気に違和感を覚えました。

きっと、当時も同じような思いを抱いていた人は少なくなかったはずです。

ただ、それを制度として形にするには、多くの人の対話と長い時間が必要だったのでしょう。

そして今、一般就労への流れはさらに強まる一方で、「本人が選ぶこと」を支える制度も少しずつ整い始めています。

それでも、現場の空気が本当に変わったかと問われれば、私はまだそうと言い切ることはできません。

就職者数や移行率といった数字を追いかけるあまり、「その人が、どのように生きたいのか」という最も大切な問いが、後回しになってはいないでしょうか。

これは企業だけの課題でも、福祉だけの課題でもありません。

私自身を含め、この仕事に関わるすべての人が、これからも問い続けていかなければならないことだと思っています。

「障害者にとって、一般就労が全てではありません。」

それは20年前も、今も、そしてこれからも変わることのない、私の思いです。

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